同性婚人権救済弁護団員の三輪晃義が『自由と正義』(日本弁護士連合会)2016年8月号(特集「LGBTと弁護士業務」)に寄稿したものです。
同性カップルの直面する法的問題 三輪 晃義
Ⅰ はじめに
Ⅱ 同性カップルと婚姻制度
Ⅲ 同性カップルが直面する法的問題
Ⅳ 地方自治体での取組み
Ⅴ 最後に
Ⅰ はじめに
本特集の論稿「LGBTの基礎知識」でも触れたとおり、普段気付くことはないかもしれないが、多くの同性愛者や両性愛者が身近に存在している。そして、同性同士でカップルを形成して、共同で社会生活を送っている者も少なくない。しかし、その関係性は異性カップルの婚姻のような法的保護を受けられない。そのため、同性カップルは日々様々な不便や不利益を被り、不安定な生活を余儀なくされている。
本稿では、同性カップルが社会生活を営むにあたって具体的にどのような法的問題に直面するのかを概観し、地方自治体における取組みも紹介しながら、今後の制度作りや取組みについて考えるための材料を提供したい。
Ⅱ 同性カップル(注1) と婚姻制度
民法上、婚姻の要件については、「婚姻は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。」(民法739条1項)と定められているだけであり、同性カップルの婚姻が重婚や近親婚のように婚姻障害事由として列挙されているわけでもない。したがって、同性カップルが婚姻できない明確な法的根拠は存在しない。しかし、婚姻の意思を有する同性カップルが婚姻届を届け出ようとしても、窓口で受理しないというのが戸籍実務である。
そもそも、同性カップルの婚姻を認めないことは、明確な法的根拠を欠いた不利益取扱いである点に問題があるし、幸福追求権(私生活に関する自己決定権)を保障する憲法13条、法の下の平等を定める憲法14条及び「配偶者の選択…並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と定める憲法24条に抵触すると思われるが(私見)、いずれにしても、現在、同性カップルは婚姻することができず、異性カップルに保障されている権利を享受することができない。
その不便を解消して少しでも安定した社会生活を営むため、やむを得ず養子縁組をし、法的な結びつきを構築する同性カップルも存在する。
つまり、同性カップルが社会生活上直面する法的問題の大部分は、同性カップルに婚姻が認められていないことに起因するものである。
注1)本稿では「同性カップル」とは戸籍上の性別が同性同士の関係を指し、「異性カップル」とは戸籍上の性別が異性同士の関係を指すこととする。例えば、性別の取扱いを変更していないFTMトランスジェンダーと生来的女性のカップルは、当人らは異性カップルと認識していることが通常であろうが、戸籍上の性別は女性同士であるから本稿の同性カップルに含むこととする。
Ⅲ 同性カップルが直面する法的問題
ここからは、同性カップルが社会生活上のどのような場面で法的問題に直面するのか、具体例を挙げながら説明する。もっとも、ここで取り上げるのはあくまでも例であり、同性カップルはこれ以外にも様々な場面で問題に直面していることに留意していただきたい。
1 住居の問題
同性カップル(特に男性同士のカップル)が民間賃貸住宅への入居を申し込んだ場合、賃貸人や不動産会社が賃貸に消極的な態度を示すことが珍しくない。その理由は明確ではないが、犯罪に使われるのではないか、部屋を汚されるのではないかという懸念によるものと思われる。
二人の関係性を説明すれば理解を得られて契約締結に至る可能性はあるが、差別的な言葉を投げかけられたり、拒絶されたりする可能性があるため、説明することは困難である。そのため、多くの同性カップルは、後日契約上の責任を問われることを覚悟した上で単身での入居と偽ったり、入居自体を諦めてしまったりしている。また、公営住宅への入居についても、多くの自治体では、同居親族の存在を入居要件としているため、法的に親族関係にない同性カップルは入居することができない(注2) 。
このように、同性カップルは、賃貸住居を選択する際、異性カップルと比べて選択肢が極めて少ないのが現状である。
住宅を購入する場合、同性カップルが共同で生活することに法的な障害は存在しない。しかし、住宅ローンを組む際、異性カップルであれば利用できるペアローンを利用することができないことが多いため、収入合算や住宅ローン控除を受けることができない。また、購入した不動産は原則として単独所有となるため、所有権者側が先に死亡した場合、残されたパートナーは、購入代金の一部を負担していたとしても、そこに住み続けられない可能性がある。
このように、同性カップルは異性カップルと異なり一緒に暮らすことすら容易ではない。
注2)旧公営住宅法(昭和26年6月4日法律第193号)では「現に同居し、又は同居しようとする親族」の存在が入居要件とされていたが、2012年の改正により同要件は撤廃された。しかし、多くの地方自治体の条例では、同要件が残されたままとなっている。
2 相続人となることができない
民法上、相続人となることができるのは、配偶者、子、直系尊属及び兄弟姉妹など一定の親族に限定されており、同性パートナーは相続人となることができない。そのため、同性カップルの一方が遺言を作成せずに死亡した場合、残されたパートナーはその財産を承継できない。
遺言を残して死亡した場合、同性パートナーは財産を承継できる。しかし、親族から遺留分減殺請求を受ける可能性は残り、配偶者の税額軽減措置の適用も受けられない。また、差別的な対応を恐れて同性パートナーがいることを親族に伝えていない者も多いため、親族が「突然現れた受贈者」の存在を受け入れることができず、事実上のトラブルが生じる可能性も高い。
3 医療現場での問題
同性カップルの一方が意識不明の状態となって医療機関に運び込まれた場合、医療機関が患者の同性パートナーに対して、病状説明、面会、緊急手術の同意書への署名を認めないことは珍しくない。その一方で、医療機関は、一定の「家族」(民法上の「親族」の定義と一致するわけではない)については、病状説明等を認めるのが一般である。
しかし、これらの場面で問題となるプライバシー権や自己決定権は一身専属性を有しており、権利行使の主体たりえない点で家族と同性パートナーに違いはないから、なぜ家族であれば病状説明、面会、手術同意書への署名が認められ、同性パートナーに認められないのか、明確な法的根拠は見当たらない(注3) 。実際の場面では、同性パートナーが医師に患者との関係性を十分に説明すれば病状説明等が認められることもあるようだが、その判断は医師の裁量に任されており、必ずしも認められる訳ではない。
いずれにせよ、同性カップルの一方が意識不明の状態で医療機関に運び込まれた場合、そのパートナーは、婚姻している夫婦であれば説明する必要のない二人の関係性を説明する必要があり、しかも、その説明によって病状説明等が認められるか否かは個々の医師の裁量に左右されるという極めて不安定な立場に立たされる。
注3)「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(*外部リンク)」(厚生労働省、改訂2018年3月)は、本人が自らの意思を伝えられない状態になる前に、本人の意思を推定する者について、家族等の信頼できる者を前もって定めておくことの重要性などを記載している。このガイドラインにおける「家族等」は、「本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)」を含む(「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 解説編(*外部リンク)」5ページの注12)。
したがって、同性パートナーであることから本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であることが分かる資料を示す等して、同性パートナーが患者の終末期医療の決定に関与できる可能性は十分ある。
4 連れ子について共同で親権を行使できない
最近は共同で子どもを養育する同性カップルも増えてきているようである。
例えば、同性愛者の女性が一度は男性と婚姻して子どもをもうけたものの、その後離婚して女性とカップルになり、連れ子をパートナーと共同で養育する「連れ子ケース」は以前から存在した。最近は、女性同士の同性カップルが第三者の男性から精子の提供を受けて出産するケースも増えているようである (注4)。
このように、とくに女性同士のカップルが協力して子どもを育てているケースは少なくなく、今後増加していくものと思われる。
民法上、異性カップルの場合、「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う」(818条3項)とされている。
しかし、同性カップルは同条により共同親権を行使することができず、実母であるパートナーが死亡するなどして親権を行使できなくなったときも、継母であるパートナーは親権を行使できない。
この問題は、遺言による未成年後見人の指定(民法839条1項)により回避する余地があるが、そのような備えをしていない場合や、実母が存命のまま意思能力を喪失した場合等は、育ての親が親権を行使することができず、子どもの養育環境に著しい影響を与えることとなる。
注4)ちなみに、男性同士の同性カップルの場合は、子どもをもうけるためには代理母を頼る必要があるため、連れ子ケース以外で子どもを共同で養育することは事実上困難である。
5 一方が外国人の場合の問題
外国人が日本に適法に滞在するためには、一定の在留資格に基づく在留の許可を得なければならない。例えば、外国人が留学の在留資格で日本に滞在していたが、都合で退学した場合、留学の在留資格を失うこととなるので新たな別の在留資格を得なければならない。また、新たな在留資格を得ずに在留期間を過ぎて日本に留まった場合は、オーバーステイとなり退去強制手続により日本を出国することとなる。
しかし、異性カップルの場合、婚姻していれば、仮に留学の在留資格を失ったとしても、「日本人の配偶者等」の在留資格に変更すれば適法に滞在を続けることができる。また、「日本人の配偶者等」の在留資格を得ずにオーバーステイとなった場合でも、婚姻の事実や実子を養育している事実等があれば積極的に考慮され、在留特別許可を受けられる可能性がある (注5)。
その一方、同性カップルの場合、日本法では同性婚が認められていないため、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められることはない。また、在留特別許可の判断に際しても、婚姻している異性カップルのように積極的に評価される事実が示されておらず(注6) 、在留特別許可を得るのは異性カップルと比較して困難である。
このように、日本人と外国人の同性カップルは、異性カップルと比べて極めて不安定な状態で在留しており、多くのカップルが不安を感じながら生活をしている。
注5)法務省入国管理局「在留特別許可に係るガイドライン(*外部リンク)」参照。
注6)同上
6 内縁カップルとしての保護が受けられるかどうか明確でない
民法上、内縁カップルを保護する明文規定は存在しないが、解釈または個別法の規定により、内縁カップルの保護が図られている。
最高裁は、「いわゆる内縁は、婚姻の届出を欠くがゆえに、法律上の婚姻ということはできないが、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合であるという点においては、婚姻関係と異なるものではなく、これを婚姻に準ずる関係というを妨げない」(最判昭和33年4月11日・民集12巻5号789頁)と述べて内縁カップルが婚姻に準じる関係として一定の保護を受けることを認めている。そして、婚姻費用の分担に関する民法760条の準用(前掲最判)、財産分与に関する民法768条の準用(最判平成12年3月10日・民集54巻3号1040頁)、内縁の一方的解消による慰謝料請求(前掲昭和33年最判)などが解釈上認められている。また、個別法の規定により、厚生年金保険の遺族年金の受給、国民年金法の第3号被保険者制度の利用、DV防止法による保護命令の発令等が認められている。
しかし、同性カップルについては、現状、内縁法理適用の是非が明確ではないため、内縁法理による保護が及ぶのかどうか明らかではない。私見では、例えばDV防止法の保護命令についてはカップルの関係性や保護の必要性・緊急性に応じて事例ごとに適用の可否が判断されるべきであると考えるが、いずれにせよ、同性カップルは上記のような保護が及ぶか否かについて予測不可能な状況下で生活をしている。
7 その他、様々な事実上の不利益
同性カップルは日常生活上、様々な事実上の不利益を被っている。
例えば、同性カップルは職場において異性カップルと同様の取扱いを受けられない場合が多い。具体的には、同性カップルは、婚姻している異性カップルを想定した結婚一時金の支給、慶弔休暇の付与等の制度を利用できないことが多い。
また、様々な民間サービスから同性カップルは排除されている。具体的には、同性パートナーを生命保険金の受取人にできない、携帯電話利用料の家族割引が使えない、クレジットカードの家族カードを作ることができない、航空会社のマイルをシェアできない等、枚挙にいとまがない(もっとも、最近は、同性カップルに利用を認める動きが見られる)。
Ⅳ 地方自治体での取組み
上記のような法的問題を解消するため、地方自治体では同性カップルに一定の保護を与えようという動きが見られる。
例えば、東京都渋谷区は、2015年3月に「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を制定し、渋谷区長が同性カップルのパートナーシップ証明を行う制度を導入した。これにより、渋谷区民や渋谷区内の事業者は、パートナーシップ証明を最大限配慮する義務を負うこととなる。また、東京都世田谷区は、2015年11月に「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱」を施行し、同性カップルがパートナーシップの宣誓書を提出し、区がその受領証を交付する制度を導入した。また、その他の自治体でも、同性カップルを保護する制度を導入する動きが見られる。
これらの制度は、市民に対する強制力はないが、制度導入による象徴的な意味は大きい。前項で取り上げた民間サービスの利用可能範囲が広がりを見せ始めたのはこれらの制度が導入された直後のことであり、その象徴的効果の大きさを表している。
また、このような地方自治体の取組みにより、同性愛者を初めとするLGBTが可視化されて、LGBTが抱える困難を社会が認識するようになり、長期的には、性的指向や性自認に関係なく暮らしやすい社会の実現に繋がると思われる。さらには、将来、国政において同性婚や同性パートナーシップ制度等を立法する際の地ならしにもなるであろう。
Ⅴ 最後に
以上で紹介した法的問題は、あくまでも同性カップルが抱える困難のほんの一部に過ぎない。異性カップル(とりわけ、婚姻した異性カップル)を当然とする社会の中で、同性カップルは、様々な不利益を受けながら生活している。
欧米では、多くの国で同性婚や同性パートナーシップ制度が導入され、同性カップル保護に関する国際人権スタンダードは日々引き上げられている。そのような状況の中、日本だけが永遠に同性カップルの保護と無関係でいられるはずがない。早晩、同性婚や同性パートナーシップ制度を議論する日が来るであろう。その際、我々弁護士は、抽象的な法律論に終始するのではなく、同性カップルが具体的にどのような困難を抱えているのかという立法事実にも目を向ける必要がある。
また、同性カップルに対する法的保護が認められるようになったとしても、実際にその制度を利用するためには同性カップルであることをカミングアウトする必要がある。しかし、同性カップルに対する差別が残る社会では、当事者は差別を恐れてカミングアウトすることができず、せっかく導入した制度を利用することができない。そのため、同性カップルに対する差別を社会から取り除くための取組みも並行して進める必要がある。
本稿を通じて、同性カップルが実際にどのような場面で困難に直面しているのか、少しでもご想像頂ければ本望である。今も、日本のどこかに、長年連れ添ったパートナーとの面会が許されず、死を看取ることができずに病室の外で涙を流している人がいるかもしれない。